• Kosuke Tsubota

誕生日ありがとう39歳になりました。

2021年4月1日 お蔭様で、39歳(サンキュー)になりました。

ありがとうございます。 39年前、自分が頑張った記憶はなくて、母が頑張ってくれました。いや、子供の時の呼び名で改めて言い直します。

お母さまが、頑張って僕を生んでくれました。

記憶はありませんが、エピソードはいろいろと耳にしていて、方易学を大切にしている家風の坪田家で、嫁いできて、「第一子は男を4月に産んで欲しい」という祖父の「んな 無茶な」という非科学的な願いと、医療界あるあるの医師の人事異動問題で、主治医が異動するから3月中に陣痛促進薬で産ませたいという大人の事業をうまく対応されたことは、産んでくれた年齢より年を重ねた今だから素直に「すごいなぁ」という尊敬と感謝です。父が異動で単身赴任開始していたというから、里帰り出産でも第一子の出産を一人で対応してくれたことは改めて尊敬と感謝です。 でも、このすごいことに気が付けたのは、息子たちのお陰です。私にとって当たり前だったものが、当たり前じゃないことを、子供たちに日々教えてもらっています。 2021年4月1日、この日は、息子の学童デビューの日です。今まで保育園で給食だったので我が家として遠足・運動会を抜かして初めてのお弁当がありました。また、今までは保育園に準備してもらっていた文房具や道具を持っていくことになって、名前を付けることがありました。(昨晩は、不足していたものを慌てて商店街に購入しにいくという、オフラインショッピングの価値を体感しました。) 改めて、保育園に感謝をさせて頂いた日ですが、今日という日を迎えたお陰で、親への感謝が深まりました。というのは、子供の頃に、当たり前のように持っていっていて、散々リクエストをしてきた「お弁当」と新品に単純に喜んで学校にもっていっっていた「文房具」は、お母さまが愛情時間をたっぷりとかけてくれた結晶であったことを、恥ずかしながらこの年で知りました。 特に、今と違って必要な物が分かったらすぐにAmazonでポチポチと購入できる今と違って、わざわざ買いに行かないといけないし、ハンドメイド作品を気軽に購入できるわけではなかったので、それこそ雑巾から防災ずきん入れを一つ一つ作らなきゃいけなかった時代に、物をしっかりと揃えて、名前をつけてくれていたことは、今以上に大変だったと思うと本当に頭が下がります。 そして、自分が小学校に上がるタイミングは、弟が3歳になるぐらいで第1反抗期のタイミングで尚且つ、妹がお腹の中にるタイミングに、達成してくれたことを考えるともうひれ伏すレベルです。 昨晩、「モノがない!!」ってことが分かった時に、面倒くさいなんて思うことなく、子供第一にすぐに商店街のお店を検索して、電話して、買いに走ることが出来たのも、子供第一が当たり前な環境で育ててもらったことでした。次の日になって、あれが、全ての親がすることがやっているわけじゃないことを知りました。 子供が1学年あがる度に、私も親としても1学年あがって、分かっていたと勘違いしていた無知な自分を知って、親のことが一つ分かって、感謝の数が増えます。 鬼滅の刃の竈門炭治郎のセリフを思い出します。 悔しいなぁ。何か一つできるようになってもまたすぐ目の前に分厚い壁があるんだ。凄い人はもっとずっと先の所で戦っているのに俺はまだそこに行けない。こんな所でつまずいてるような俺は 俺は・・・煉獄さんみたいになれるのかなぁ・・・。 炭治郎と違い、悔しさではなく、感謝が増えるのが嬉しいことです。何か1つ出来るようになると、それに関する見えていなかった全貌が少し見えるようになってきて、感謝が募ります。 話は変わりますが、20歳の時に私は、エクセルで西暦と自分の年齢と親の年齢等などが見えるような表を創りました。子供が産まれてから追加された項目だと39歳の誕生日の時に、子供が入学して、父の定年退職だったので、39歳(サンキュー)にちなんで、「感謝パーティー」を企画していました。社会人になってからは、誕生日は人に感謝をする日として、月々数万円積み立てて参加費無料のパーティーをやっていた自分の本気を出した感謝パーティーをするつもりでした。 この時に、結婚式で新婦がよく両親に感謝たっぷりの手紙を準備するような、感謝たっぷりの手紙を準備する予定でしたが、今回、新型コロナウイルスで大人数で集まらないようにということで、いろいろな反対と私の少ないモラルから泣く泣く諦めました。ただ気持ちとしては、少し言語化しておきたくて本日このような文章を備忘録として書きました。 皆様のお陰で、39歳になりました。 「誕生日おめでとう」って言われますが、生まれる時に頑張ったのは、母親を筆頭としたみんなだし、私としては、「誕生日ありがとう」です。私と知り合ってくれたお陰で、私の人生はステキになりました。 一人では、生きてこられませんでした。 一人だと、こんなに楽しいことはありませんでした。 一人だと、ツライことがあっても、のりこえられませんでした。 一人だと、こんなにも充実した日々をすごせませんでした。 一つ一つのことに感謝がいっぱいです。何故か涙が出てくるぐらい感謝です。 この感謝を直接伝えるのは、変なところで江戸っ子な自分は下手くそで出来なくて、穴があったら入りたくなってしまう。それに、伝えたい人によっては、私はおちゃらけてしまいます。ごめんなさい。 だからここに書きます。 一人で日記を書いても寂しいものなので、ブログがあってよかった。伝えたい人に伝わることの方が多い気がする。でも、ここまで読んでくれた人も、アクセスがあるだけで自分は一喜一憂するので本当に感謝です。 本当に、インターネットがあってよかった。村井純先生、インターネットを多言語対応できるようにしてくれて、ありがとう。 サンキューパーティーが出来ないと決めてから、決めたことがあります。 サンキューパーティーは、スポットでしかない。39歳は、サンキューの年ならば、1年かけて感謝をしようと、サンキュ―イヤーにしようと決めました。1日1日、いや瞬間瞬間を大切に感謝して過ごしていきます。 あ。。こんなこと書くと大病を患っているのではないか?って思われるかもしれませんが、私は太ってはいますが、元気です。 改めて、誕生日ありがとう これからも、よろしく

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