4/13感護師つぼの看護News

ご機嫌様です。感護師つぼです。


1:紙おむつの名前変更?

2:団地で看護

3:空間看護

4:准看護士の暴力

5:パワハラ看護学校


一番上に、日経メディカルで連載している小林光恵先生のAナーシングの話題を取り上げました。ナースマンという言葉を創った小林先生だからこその視点での連載は、マーケティングナーシングといってもいいなぁと思います。


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※下記ニュース概要は引用です。

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1) 紙おむつの名前変更?

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/anursing/kobayashi/202104/569877.html

1998年12月に出版した小説『ナースマン―新米看護士物語』では、「ナースマン」という造語にたどり着くまでかなり悩みました。当時は、女性看護師は「看護婦」、男性看護師は「看護士」と呼ばれていた時代でしたが、精神科や手術室などの限られたセクションではなく一般病棟にまで男性ナースが配属され始めた変化のタイミングでもありました。

スーパーマン+デヴィッド・ボウイ  様々な看護領域で男性ナースが活躍する新時代が始まっている──。そのことを広く一般に伝えることもテーマの一つと考え、なじみやすく、一言で意味が伝わる新しい呼称を作ろうとしました。しかし、なかなかいい案が浮かびません。英語のメイルナース(male nurse)では伝わりにくい気がしました。  やっと思い付いたのが「ナースマン」。「スーパーマン」のような頼もしさと「スターマン」(デヴィッド・ボウイの曲)の歌詞世界のような繊細さという2つの意味を込めた「マン」を「ナース」の後に付けると、男性のナースであることを直接的に伝えることができると思いました。本作はテレビドラマ(2002年1月放送開始)にもなり、その影響もあって「ナースマン」という呼称は一定の認知が得られたと感じています。

 このドラマの放送とほぼ時を同じくして、2002年3月には男女を問わず「看護師」という名称が正式に導入されました。突然そうなったわけではなく、2001年に「保健婦助産婦看護婦法」が「保健師助産師看護師法」へ名称変更された流れがあってのことです。また、2004年には、厚生労働省の検討会が、「痴呆」と呼ばれていた疾患概念を「認知症」へ言い換えるよう求める報告書をまとめました。それに従って、まずは行政分野と高齢者介護分野で置き換えが進み、2007年までにほぼ完了しました。これらはいずれも公的にしっかりと検討された名称変更でした。


2)団地で看護

https://www.jiji.com/jc/article?k=000000163.000019188&g=prt

[大阪府住宅供給公社]

~ 『まちの保健室』を豊中団地(豊中市)で開催 ~ 大阪府内において公社賃貸住宅SMALIO(スマリオ)を提供する大阪府住宅供給公社(本社:大阪市中央区、理事長:山下 久佳、「以下、公社」)は、団地や地域にお住まいの方がさまざまな不安や悩みを気軽に相談できる場所を提供するため、服部介護予防センター(運営:社会福祉法人 大阪府社会福祉事業団)、公益社団法人 大阪府看護協会(本部:大阪市中央区、「以下、看護協会」)と連携し、「まちの保健室」を豊中団地(服部介護予防センター)で2021年4月13日(火)から開催します。


3)空間看護

https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/column/00022/040600003/

末期がんになった人は退院できずに病院で亡くなることが一般的だった頃に、姉を自宅に連れ帰り看病したことから訪問看護を始めた秋山正子氏。がん経験者や周囲の人が不安を相談したり、悩みを受け止めてサポートしたりする「マギーズ東京」(東京都江東区)や「暮らしの保健室」(東京都新宿区)を通して、病と共に生きていける社会を実現すべく活動を続けている。

 マギーズ東京は、がんと共に歩むやその家族・友人などが予約なしで訪れ、医療知識を持つ看護師や心理士に無料で相談したり、漠然とした心のモヤモヤを打ち明けられたりする場所だ。2016年10月にオープンしてから、毎月500~600人が訪れ、2021年3月までに訪れた人はのべ2万5000人に上る。

マギーズ東京センター長の秋山正子氏は、2歳上の姉が末期の肝臓がんで亡くなるまでの約4カ月間、自宅で看護した。当時、末期のがん患者は亡くなるまで入院を続けるケースがほとんどだったが、看護師である秋山氏は、病院との調整の末、何とか自宅に姉を連れ帰った。退院時に余命1カ月と言われていた姉は、約4カ月を子どもたちとともに自宅で過ごすことができた。この経験から秋山氏は「これからは自宅で最期まで過ごすことを希望する人も増えるのではないか」と考え、「看護師として病院にこもるのではなく、お宅まで伺って在宅ケアをする訪問看護を始めたい」と決意した。元号が昭和から平成に変わったころのことだった。

4)准看護士の暴力

https://www.news24.jp/nnn/news11141lxb21g11uhqide.html


5)パワハラ看護学校

https://www.asahi.com/articles/ASP4D5Q8BP4DIIPE009.html

学生や保護者が教師によるパワーハラスメントを訴えている北海道江差町の北海道立江差高等看護学院で、看護師を夢見て入学した男子学生(19)が、今年3月、入学後わずか1年で退学を余儀なくされた。

 男性は「新型コロナの感染者を助けたい」との思いで入学した。しかし、教師らの理不尽な言動に心がきつくなったという。

 男性は北海道南部の北斗市に住んでいる。看護師を目指すようになったのは中学2年のときだ。持病の治療で2カ月間入院した大学病院で、担当になった看護師がとても親身に世話をしてくれた。病人を救う医療現場に憧れ、看護師になると心に決めた。

 高校では野球部に入部した。

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