• Kosuke Tsubota

8月8日はメディカルイノベーションの日?心臓移植から考える

喜業義塾 喜業家つぼたです。

8月8日はメディカルイノベーションの日!だと勝手に思っている

というのも有名な

札幌医大和田寿郎教授が日本初の心臓移植手術を1968年8月8日に実施しました。

後に、和田心臓移植事件となって日本中を騒がしたものです。

フィクションの世界であった手塚治虫先生のブラックジャックの特技である移植手術。

それにまつわる倫理の問題は作品の中でいろいろと出てきていますが、まさにそれが現実化した事件です。

というのも、臓器の移植に関する法律、通称移植法が無かった時代の話だったからです。移植法はこの問題が起きてから29年後の1997年10月16日にやっと施行されて、脳死が死亡と定義づけられて、やっと脳死後の臓器提供が可能となりました。今、自動車免許証の裏に、臓器移植の提供に関する本人の意思表示が出来るようになっていますが、この法律で、臓器移植が日本でやっと公なものになりました。

29年もの間法律が出来なかった。医療の技術の進化に対して、法律の整備が間に合わなくなっていったことが証明された。即ちメディカルイノベーションに関して真剣に日本として考えなければいけなくなった日が、1968年8月8日だと思っているので、勝手に私はメディカルイノベーションの日だと思っています。

移植法が施行されてからも、すでに23年経過していて、1968年からも半世紀以上過ぎているので、(もちろん私もまだ生まれていなかった時代のこと)簡単に、和田心臓移植事件のことを振り返ります。

和田心臓移植事件


和田寿郎先生主宰の札幌医科大学胸部外科チームが、世界で30例目となる心臓移植をしました。ドナーは21歳の溺水事故を起こした男子大学生で、レシピエントは心臓弁膜症の18歳の男子高校生です。残念ながらレシピエントは、術後83日目に、食後に痰を詰まらせて蘇生できずに急性呼吸不全でお亡くなりになりました。実は、レシピエントが亡くなるまでの間は、人命救助ということでそこまで問題視されていなかったのですが、レシピエントが亡くなった瞬間に、和田寿郎先生に関係する疑惑追及が始まりました。

簡単に言うと、「心臓移植適応ではない可能性があったのではないか?」ということで、人体実験をしたのではないか?ということです。そして、元々主治医であった札幌医科大学第二内科の教授が、移植の必要性を否定したのです。レシピエントに関してそのような疑惑が起きたので、人体実験的な、医師としての症例を挑戦したいための心臓移植手術ではないのか?ということが指摘されて、ドナーに関してもいろいろと調べられました。そして、ドナーに対して救命に関して適切な処置をおこしていなかったことが明らかになったのです。また、移植法で必須になっていった、脳波測定を実施していなく、警察にドナーは心臓提供者であることを伝えていなかったために、監察医の詳細な検査がされなく火葬されたために、真相解明が不可能になっていました。ここに関しては、心臓提供者であるということを和田寿郎医師本人が、警察に電話して事情説明していたのに、時間が経過していたために病理解剖が出来なかったということであるので、警察と監察医の業務プロセスの問題だとこの時代から振り返ると思うのですが、当時は警察と監察医の連携に関して信頼が世の中にはあったので、和田寿郎医師の問題であるということにされました。そして、和田寿郎医師がドナー側もレシピエント側も両方の主治医を務めていて、心臓外科医であるのに、脳死判定を実施したということに対して指摘されました。

もっと不可解なものとして、レシピエントが亡くなった後に、まるでアインシュタインの脳が行方不明になったかのうように、レシピエントに移植された心臓が行方不明になっていて、発見された時にはすでに時遅し、心臓移植適応かを調べられるようなことが出来ない状況になっていたということが起きました。それでも残存した心臓を調べてみると、手術の適応なのか?という疑惑がたくさん出てきました。このような状況では、今の日本は、正しい手術をしていても警察が突然、逃亡の可能性がないのに診察中の医師を逮捕するということが起きますが、当時の警察は医療の世界に入ってきていなかったので、逮捕されていませんでした。逆に言うと、この時の問題から警察が、病院の中にズカズカと入ってこようと考えるきっかけになったのかもしれません。1968年12月に医師から刑事告発されて、刑事事件になりました。1970年には、告発されていた「殺人罪」「業務上過失致死罪」「死体損壊罪」で嫌疑不十分で不起訴処分となりましたが、鑑定人全員が曖昧な表現を用いて再聴取が必要になるという問題が起きていました。そして、5年後の1973年に日本弁護士連合会から警告が出されました。こちらは、同じく札幌医科大学整形外科の渡辺淳一医師が取材を元に「小説心臓移植(後の“白い宴”)」という作品を出して、吉村昭氏が「神々の沈黙」という作品と、その取材ノートである「消えた鼓動」を作品としています。

このようなことが起きたために、日本の臓器移植は、氷河期をむかえ、次に心臓移植が行われたのは、臓器移植法の後に、1999年に大阪大学が行われるまで30年間起きませんでした。

和田寿郎医師が実施したことに関する疑惑はありますが、医療のイノベーションとして検討しなければいけない論点を全て洗い出してくれたのは事実だと感じています。

臓器移植を通して、「倫理」「人生観」「宗教」「社会風土」「法律」「トレースアビリティ」「妥当性の評価」「評価方法」「第三者の眼の重要性」「テクノロジー」「政治」「お金」「システム」「制度」「役割」「チーム」等など

MBAでPEST分析と呼ばれるものを国全体で考えるきっかけになった事例です。

移植医療としては停滞したかもしれませんが、ここでの考えのきっかけは、今後の医療AIやIoMT等の最新テクノロジーを日本でどのように導入していくのか?ということを考えるのに、土台を作ってくれたともいえます。


メディカルイノベーション戦略プログラム

そんな日に私はこれから

厚生労働省教育訓練プログラム開発事業

メディカルイノベーション戦略プログラム

受講生Aとして合格したので恒例の週末授業に参加します。

今日は実習です!

遠隔医療評価モデル(MODEL FOR ASSESSMENT OF TELEMEDICINE)を活用した遠隔医療システム評価実習 阿久津靖子

ヨーロッパのMASTマニュアルを叩き台として遠隔医療アプリケーションの評価実習を行うことにする。本来、MASTについては時間をかけて行うものであるが、この講座においては、そのモデルの概要を学び、今後の遠隔診療のみならず、医療イノベーションの評価を客観的に評価できる視野を持つことを目的とする。

https://www.ho.chiba-u.ac.jp/chiiki/medicalinovation/curriculums/


イノベーションで不幸をふやさないように!

どんなことも、人の笑顔を創るため やはり、チャンスは、いろいろなところにあります。ワクワク喜ぶことを起業しましょう♪


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